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このブログに何度か登場した、僕の家のお向かいの銭湯「第一宝湯」が、
今日付けで閉業した。
ほんと寂しい。
別に毎日のように通ったわけじゃないけど、一年に何回かしか行かなかったけど。
53年間、荻窪で近所の人達や銭湯ファンを温めてきたけど、
設備の老朽化が限界に来たのを機会に、
区切りをつけることに決めたそう。
てことで今日は、ちょっと無理して仕事を早めに切り上げ、
名残を惜しみに行った。
そしたらすごい賑わい。
みんな名残惜しく、最終日のお湯を楽しんでた。
唐破風の玄関の下で談笑してる人。
脱衣場で見上げて初めて気付いたんだけど、すごく立派な折上格天井だった。
番台には、たれサン+パンチパーマ(前髪に緑のメッシュ)のおばさん。
洗い場には、オーソドックスな富士山+海岸のペンキ絵。
あーいいなー、ってしみじみして、
これ出たらもう入ることはないんだな、って思うと、
なかなかお湯から上がれず、のぼせた。
おばさんから初めて閉業の話を聞いたのは一ヶ月前のこと。
やっぱりすぐ、この建物はどうなっちゃうんだろうと思った。
残って欲しいなと、どんな形でも。
なんとかしたいな、と。
で、今日もそんな気分でお湯につかってたんだけど、
ふと感じた。
別にこの銭湯の建物がどうなってもいいな、って。
語弊はあるけど、残っても、なくなっても、活かされても活されなくても。
今日集まっていたファンの人達も、番台のおばちゃんも、旦那さんも、
みんな寂しがってはいるけど、満足してるのだ。
”全うした”という感じ。
正しく全うして、静かに命を終える、というか。
そう思った時に、
別に、建物が残る残らないはどっちでもいいと思ったのだ。
そりゃ寂しいし、
記憶をたくさん蓄えた建物だし、
地域にとってアイコン的な建物だし、
なくなってしまえばもう戻らないし。
だけど、もし残るとすれば、
自然に残るべくして残るだろうし、
消えるならば、またそれも自然に消えるべくして消えるだろう、そう感じた。
だから、その自然ななりゆきを眺めていたいな、
もし不自然な何かがベクトルを傾けそうになったら、
自然な方向に戻す何か(はわからないけど)できればいいな、
そう思った。
たぶんそれは、この銭湯が、
そういう自然な生き方をしてきて正しく終わって行くからこそ持ち合わせている、
一つの力なんだと思う。
今日、閉業後にまたお邪魔して、
たくさん写真を撮ってきた。
それをまた後日アップします。
あー、でもやっぱ、寂しいなあ。
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